今月1日、ショッキングな発表がありました。
「錦織圭、今シーズンで現役引退」
本人のSNSで自らの言葉でつづった内容が拡散されたものでした。いつかその日がくるのは分かっていたし、ずっと体の故障で思うようにプレーできていないのを知っていたので、受け入れる準備はできていました。しかし、引退はやはり寂しいものです。
推し活の始まり
2008年、それまで誰かのファンになるという経験がなかった私の世界に錦織圭が登場しました。2月某日、アメリカのプロテニスツアーで日本の18歳が優勝、という1本のテレビニュースをたまたま目にしたのです。流れた10数秒の映像にとてつもない才能を感じたわたしは、すぐに錦織を追いかけ始めました。今で言う、推し活の始まりです。
Twitterがあってよかった
といっても、フロリダに拠点を置いて活動している彼の情報は、あまりにも少なかったため、海外のWebサイトをなんとか読み解いていきます。そうこうしているうちにTwitter(現X)がサービス開始。これはとても重宝しました。海外在住のテニスブロガーさんとつながったり、テニスに詳しい日本人ともつながったりして、たくさん勉強させてもらいました。
オタク誕生
かくして、気づけばわたしは立派なテニスオタクに。テニススクールにも通い始めました。世界の時差を把握して、錦織の試合は夜中でも起きて観戦。さらには錦織を応援するため、オーストラリア、フランス、アメリカ、スペイン…と海外まで出かけていきました。円安が進んだ今では考えられないですが、当時は可能でした。
スポーツとは?
ここまでのめりこめたのはなぜか考えてみました。スポーツとはそういうものかもしれませんが、一言で言うと、リアル少年漫画の世界なんですよね。主人公が幾多の困難を乗り越えてトップに上り詰めていく、筋書きのないストーリー。負けた悔しさや、勝っても勝ってもさらに強い相手が立ちはだかる絶望、怪我による挫折を繰り返しながらも、感動を与えてくれます。
19歳で大手術
錦織はどうだったかというと、世界的に注目された翌年に右肘の大手術を余儀なくされ、19歳の1年間をほぼ棒に振ります。そこからおそるおそる復帰して下部ツアーを2大会連続優勝したときは、たしか映像がなく、ライブスコアだけを目で追ってTwitterで応援していたような記憶ですが、錦織ファンが最も盛り上がったシーンの一つではなかったかと思います。
有言実行のV字回復
復帰した2010年、チーム錦織は年内に世界ランキングトップ100位に入ることを目標として掲げ、実現して見せます。さらには翌年、松岡修造の持つ最高位46位を超えていきます。いずれも有言実行なところが実に誇らしく、まるで自分の息子か弟を見守るような気持ちでハラハラドキドキさせてもらいました。
2026年引退へ
そんな私の思い出に終止符が打たれようとしています。おそらく秋のジャパンオープンが最後の舞台になります。なんとしても、東京・有明で、錦織圭の雄姿を見届けたいと思います!





